子問研春討にいってきました。
4月2日、子供問題研究会の春の討論集会に行ってきました。45年前に子問研に出入りしたことがきっかけで、府中療育センターの障害当事者の運動に出会い、その延長でここまで歩んできました。
その意味では、子問研は私にとっては故郷のような感じで里帰りするような気分でした。
当時「俺、『普通』にいきたい」に「障害は関係の中に」と書いたことが、今でも私の支えになっています。今回の春討では、[津久井やまゆり園で起きたことに直面して、改めて「共に生きる」ことを考える] が語らいのテーマとなっており、私も発題者の一人としてよばれました。
私が呼ばれたのは、長いこと施設労働者として働き、その後地域での支援をしてきた立場から、どう受け止めているのかを話してほしいということでした。半世紀近くたっているのに、当時府中療育センターの障害者が「私たちは人形ではない」「私たちは社会の中でいきたいのだ」と訴えたことが、はたしてどれほど変わってきたのか、相変わらず地域での支える力のなさで施設入所せざるをえない現実が続いていることをどれだけ変ええてきたのかが問われていることを話させてもらいました。
そこに暮らしたくて暮らしているわけではない人たちに、どうやって本来の暮らしに近づけていくのかが施設で働く人たちの本来任務であるはずで、多くはないけれど、そこで頑張ろうとしている人たちもいます。地域の資源の少なさを理由に「だから施設しかないのよ」といわずに、自らが地域の資源を作っていくことに踏み出してほしいと思います。そこで生き生きと働く姿をみせることが実はやまゆり園の事件を二度と起こさせないために求められているといえないでしょうか。
もちろん、このことはヘルパーやグループホームなどで働いているものにも問われています。地域で暮らしていればよい話ではなく、当事者が一市民としての様々な関係をもてているのか、そこに私たちはどう関われているのかということを、私たちの労働の質を見直す姿勢をもち続けたいと思っています。